マイナーだけれども使いやすい処方の茯苓飲(ぶくりょういん)。胃がポチャポチャと音がするなど「胃の水の停滞」があって、逆流性食道炎・胃炎・胃酸過多・呑気症・胃下垂・胃アトニー・食欲不振・胃拡張・消化不良などに使われる処方です。乗り物酔いやつわりに使うこともあります。
茯苓飲の効能効果
茯苓飲の添付文書を見ると効能効果にはこのように書かれています。
胃部がつかえて膨満感があり、胃液の分泌が過多で悪心、嘔吐や食欲不振があって尿量減少するもの。胃炎、胃下垂、胃アトニー、胃神経症、胃拡張、溜飲症、消化不良(コタロー茯苓飲エキス細粒より)
胃の不快な症状すべてに効果がありそうですけれども、胃の痞え(つかえ)や膨満、これらが「胃の通過障害、痰湿の停滞」によって起こっている、というのがポイントです。某市販薬の「食べ過ぎのあとに飲む!」ような胃薬ではありません。
添付文書には「胃アトニー」という聞き慣れない言葉が出てきました。「胃アトニー」なんて最近では使わないのでピンと来ないかもしれません。イメージとしては「胃下垂で”食欲不振かドカ食い”傾向でちょっと食べると胃もたれを起こしてしまう、やせ気味女性の胃腸障害」が胃アトニーです。なんとなく伝わりますでしょうか(^-^;;;;
この胃もたれ(胃の不快感)で病院に行くと、医師からは「これは病気ではありませんね」なんて言われます。医師に言わせれば、ただの老化か運動機能の低下ですから。
ただ、本人にとっては胃のあたりにずーっと不快感があり、辛い。なんとかしたいので、市販の胃薬(太田胃散)ばっかり服用してたりします。
太田胃散飲めば、ちょっと楽になるみたいですね。あれも胃を動かす生薬を含んでいます。そんな患者さんに胃の不快感について詳しく聞くと「胃もたれ」よりも「胃が動いていない」と訴えることが多いです。
最近では、胃下垂も胃アトニーも、病院では纏めて「機能性ディスペプシア(FD:機能性胃腸症)」とも呼びます。日本消化器病学会に詳しい説明があります。
茯苓飲の症例(口コミ)
茯苓飲の症例です。
60代女性、細身で胃下垂あり。主訴:食事をすると起こる不快感。体は元気だが、あまり食べることが出来ない。胃のあたりに何かが溜まっている感じがする。げっぷが出やすい。病院に行くと胃下垂とだけいわれる。ストレスがあったり、食べ過ぎたりしても胃のあたりの不快感に悩まされる。(その他省略)
凄く細身の方で「どんな胃薬飲んでもなかなか治らないの~」と来局されました。胃内停水と考えて、茯苓飲に半夏厚朴湯を加えた「茯苓飲合半夏厚朴湯」を3週間ほど服用してもらうと、症状の改善が見られました。
その後はもともとの性格も細かったので、気の流れを整えるために逍遥散と、茯苓飲合半夏厚朴湯は頓服にして服用してもらっています。
処方解説と類似処方
茯苓飲は漢方で「理気化痰・和胃降逆・健脾益気」の処方と言われます。生薬の構成を見るとメインは白朮・茯苓。「白朮(蒼朮)と茯苓」の組み合わせは脾胃の処方でよく使われています。類似の処方をいくつか取り上げてみました。
処方名 | 類似構成 | 違う |
---|---|---|
茯苓飲 | 茯苓・蒼朮・人参・生姜・陳皮・枳実 | |
六君子湯 | 茯苓・蒼朮・人参・生姜・陳皮 | 半夏・大棗・甘草 |
半夏瀉心湯 | 人参・生姜(乾姜) | 半夏・大棗・甘草 黄芩・黄連 |
人参湯 | 白朮・人参・生姜(乾姜) | 甘草 |
平胃散 | 蒼朮・生姜・陳皮 | 厚朴・大棗・甘草 |
六君子湯から大棗甘草を抜いて、半夏→枳実に変わっています。図にしてみました。
茯苓飲と六君子湯の違い
茯苓飲と特に効能効果が似ている処方に「六君子湯」や「苓桂朮甘湯」があります。どう使い分ければいいのでしょうか。
茯苓飲は胃内停水(胃内痰飲)の状況を改善する処方です。
六君子湯や苓桂朮甘湯が脾胃の機能全体を改善(リフォーム)して痰飲が溜まるのを改善します。
茯苓飲は胃の降濁機能が停止して濁った水が排水されないのを改善します。濁った水はべっちょりとした「痰」になり、押し流す「気」も滞るという悪循環になっています。それを動かすのに枳実というちょっと強い気の流れを作る生薬も入っています。
まとめますと、
処方名 | コメント |
---|---|
茯苓飲 | 脾胃に問題があるかどうかは別として排水しない(運動も悪い?) 食欲不振:食べたいけれども胃が詰まって食べられない 食後にポコッと苦しまずに嘔吐することが多い 縁日の「水ヨーヨー」が胃のあたりにある感じ。胃の場所がわかる。 |
六君子湯 | 脾胃に問題があり水がうまく抜けない 食欲不振:気持ち悪くて食べたくない 気虚が強くなると四肢の脱力感や疲労感がある。 |
茯苓飲は速やかに排水パイプを改善するような処方なので、シンク(脾胃)を改善したり緩和に働く「大棗・甘草」を抜いています。
茯苓飲は六君子湯や苓桂朮甘湯のような胃腸を改善する作用がないの?!
といわれると・・・?大丈夫です。主薬の茯苓は健脾の力もある「高性能な生薬」ですので代用することは可能です。そこそこ効果があります。
こんな症状に使いますか?
茯苓飲と同時に引かれているキーワードをgoogleで調べてみました。「口臭」とか「逆流性食道炎」が同時に調べられているんですね。「一般的にどうですか?!」と質問を受けた場合・・・わたしならこう答えます。
茯苓飲と口臭
口臭には茯苓飲よりも別の処方を使うことが多いです。
漢方で考える口臭は胃熱(食事の不摂生)や脾気虚がメイン。とりあえず、胃の実証が有れば半夏瀉心湯を使ったり黄連末をちょっと加えたり。長期的には六君子湯(香砂六君子湯)がいいかな、ササヘルスを併用しようかな、と思う場面もあります。
口臭は意外と原因が色々とありまして、歯周病、鼻炎、自臭症という可能性もありますから、その改善も大切かなとは思います。
答えとしては、茯苓飲の出番はそれほど無くて、逆流性食道炎のような酸っぱいにおいなら使うかもしれません、、、ぐらいです(^-^;;;
茯苓飲と逆流性食道炎
逆流性食道炎で茯苓飲を使うことがあります。ただし「胃がキリキリ!」と痛む急性胃炎であれば病院での治療・診療をお勧めしています。吐血が有れば緊急で病院へ行きましょう。漢方をお勧めする場合として、
- 潰瘍の再発予防
- 軽いけれども時々胃がチリチリする
- 高齢で制酸剤を漫然と長期で服用している
- 何かストレスがあるときに胃に不快感
- 時々胃が痛むが痛みが治まりにくい
などがいいですね。もちろん、漢方薬を続けて、痛いときは西洋薬を頓服にするということもあります。
逆流性食道炎、急性胃炎、慢性の胃炎につかう処方は色々とあり、例えば
処方名 | コメント |
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半夏瀉心湯 | みぞおちの痞えや張りが強いとき。軟便や下痢気味。 |
延年半夏湯 | 逆流性食道炎に加えて、背中の肩甲骨・その下のあたりに痛みがあるなら |
黄連解毒湯 | 軽い疼痛や炎症がある場合には黄連解毒湯を加えたい |
柴胡桂枝湯 | ストレス性の潰瘍ならこちらを使うことも |
安中散 | 冷えて痛む、酒を飲み過ぎて痛む、食べて痛む、胃の不快感に。 色々な市販薬にも入っている有名な処方 |
このあたりの処方もよく使われます。胃炎で背中の痛みがあると延年半夏湯+αで使うと、比較的早く効果が出ます。
茯苓飲合半夏厚朴湯
胃の痞え・ポチャポチャ感など胃内停水の症状があり、喉のつまり・嘔吐・悪心があれば茯苓飲と半夏厚朴湯と併せて茯苓飲合半夏厚朴湯にするといいでしょう。
処方名 | |
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茯苓飲合半夏厚朴湯 | 茯苓・蒼朮・人参・生姜・陳皮・枳実・半夏・厚朴・紫蘇葉 |
加味平胃散 | 蒼朮・厚朴・陳皮・大棗・甘草・生姜・神麹・麦芽・山楂子 |
ただ、胃内停水のような症状があって脾胃の弱りや食滞(食生活の不摂生)があれば、加味平胃散がお勧めです。新年会・忘年会のような酒+焼き鳥・揚げ物のコンボでは特に加味平胃散です。胃の不快感がなければ「加味」の部分だけ取り上げた「晶三仙」でもいいですね。
その他、某雑誌を読んでいたら「胃がんの部分切除後に補中益気湯と茯苓飲を併用し、腹部膨満感・しゃっくり・嘔吐感が改善」という記載を見つけました。
茯苓飲はこのように脾胃の水を捌き運動機能を改善します。マイナーな処方ですが、使ってみると効果があります。