2015年のノーベル生理学・医学賞の発表がありました。大村智先生、ウィリアム・キャンベル先生、屠呦呦(トウ・ヨウヨウ)先生、受賞おめでとうございますヽ(´ー`) 大村先生の業績は新聞[読売新聞]で大きく報道されましたのでご存じの方も多いと思いますが、女性の受賞者、屠呦呦先生の業績も素晴らしいです。ただ、日本での報道がかなり少ない・・・ので調べつつ徒然と書いてみました。
屠呦呦先生の受賞理由は「マラリアに感染した患者の死亡率を著しく減少させてきた薬アルテミシニンの発見」と発表されています。マラリアという感染症に対しての治療薬を中国古典の処方に触発され、探し当てたのが1970年代。当時の中国は研究者にとって不遇のプロレタリア文化大革命の時代です。その時代に研究を継続し結果を出すのは並大抵ではありません。現在の年齢は84歳とのことですね。ちなみに、ノーベル生理学医学賞は中国では「诺贝尔生理学或医学奖」と書くみたいです。
屠という名前は?
ところで、日本ではあまり聞かない「屠」という名前。実は、中国ではそれほど珍しくない名前です。Baiduによれば238位で人口の0.03% 。私も中国の研修で屠姓の方に2名ほどお会いしましたことがあります。浙江省・安徽省といえば上海からちょっと左側に入った省です。日本で言えば鹿児島あたりの緯度ですから気温は暑めの場所でしょうか。
屠姓也是当今中国姓氏排行第二百三十八位的姓氏,人口较少,约占全国汉族人口的百分之零点零三。屠姓在全国分布较广,尤以浙江、江苏、安徽等省多此姓,上述三省之屠姓约占全国汉族屠姓人口的百分之八十二。屠姓在大陆和台湾都没有列入百家姓前一百位。Baidu
マラリアってどんな病気?
受賞の理由となったマラリアですが、名前は聞くけれども日本ではなじみの無い病気ですね。マラリアとはマラリア原虫をもった蚊によって感染する病気です。細菌ではありません、原虫です。原虫といってもウネウネ動いているのを見ることは出来ません。昔見たことがあるアメーバー、これも原虫です。原虫は細菌より少し大きく複雑で、大きさは1~20μm程度(1mm=1000μm)です。有名な原虫には、アメーバ赤痢・シャーガス病などもそうです。マラリアは世界では1年間に2億人が感染し年間200万人が死亡するといわれています。
感染原虫種 | 潜伏期 | |
熱帯熱マラリア | 熱帯熱マラリア原虫 | 7日~1ヶ月 |
三日熱マラリア | 三日熱マラリア原虫 | 8日~1ヶ月 |
四日熱マラリア | 四日熱マラリア原虫 | 28日~37日 |
卵形マラリア | 卵形マラリア原虫 | 11日~16日 |
※表は我が国のマラリア、今どのように診断して治療するか 人に感染するマラリア原虫種と潜伏期から抜粋
マラリアですが、だいたい潜伏期間は1週間から1ヶ月、ちょうど渡航者が海外で感染して日本に帰国した頃に発症します。そうした渡航者で日本で発症するのは年間70件ほどといわれています。中でも早く治療をする必要がある熱帯熱マラリアは30件前後です。参考:厚生労働省検疫所、IDSC感染症情報センター
マラリアの治療薬ってどうなっているの?
マラリアの医薬品は通常の薬局、通常の病院では備蓄はほとんど無いと思います(発生件数がほとんどありませんから)。私自身、今回、調べて始めて知りました(^-^;;;; 日本で対応できるのは大都市などの基幹病院などでしょうか。
日本の熱帯熱マラリア治療には、メファキン「ヒサミツ」錠275、塩酸キニーネ末が使われていましたが、副作用が辛いのが問題。2013年には抗マラリア剤「マラロン配合錠」グラクソ・スミスクライン株式会社が発売されています。
海外ではノルバティス社のCoartem tablets(Artemether・Lumefantrine/アーテメター・ルメファントリン合剤/AL合剤)が薬剤耐性がおきにくく副作用が少ないため第一選択として使われています。他の処方に比べても効果は高いと言われていますが*、日本での発症例が少ないためか、日本で承認されておらず(2015年)学会より要望書*が出されています。
この処方に使われている成分アーテメターが屠先生の発見したアルテミシニン(artemisinin/青蒿素/チンハオスー)を基礎としています。
発見に繋がった青蒿とは?
青蒿は漢方処方にも使う生薬で日本でもよく見かけるヨモギの親戚です。
キク科ヨモギ属のカワラニンジン、クソニンジンなどの全草。[性味・帰経 苦・寒・肝胆]
効果 清退虚熱、清熱解暑、清胆退瘧(ぎゃく)、清熱涼血 (清退虚熱薬)
中医臨床のための中薬学P134より引用
身体の底からわき起こるような熱感(骨蒸といいます)などを抑える生薬です。マラリアなどの熱感をとる処方にも含まれ、「瘧」この漢字はオコリと読みまして「間欠的に起こる発熱と悪寒の病気」を指します。中国では清骨散という処方などに使われているようですが、残念ながら日本では生薬自体ほぼ使われていません。カワラニンジン・クソニンジンとも青蒿と呼ばれ混同されていますが、実際のところ発見に繋がったのは黄花蒿(クソニンジン)です。
高温処理によりクソニンジンから抽出物を得るやり方だと、抗マラリア活性をもつ物質が失活すると考えました。低温処理で得たクソニンジン抽出物はマウスとサルにおいて高い抗マラリア活性をもつことがわかり、のちにこの活性をもつ実体がアルテミシニンであることを突き止めます。ノーベル賞受賞者トウ・ヨウヨウ氏はダンゴムシをつぶしたか
こういった処方は煎じ薬にすることが多いのですが古典の「絞り汁に効果がある」という記述を見つけ低温温での抽出を試みました。古典を見て抽出温度に気がつく・・・。発想の転換がすごいです。古典の書籍は今から1800年ほど遡る葛洪(かつこう)の肘後備急方です。どこかの書籍に「肘後救卒方」と書かれていて名前が違うなーと思っていたら、葛洪(かつこう)の著作が「肘後救卒方」で、陶宏景が補強して「補闕肘後百一方」、金代の楊用道がさらに追加して「肘後備急方」とのこと。中国のwikiにガンガンまとめられています、中国国民にも受賞はインパクトがあったのでしょう(^-^)
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参考:*第三回医療上の必要性の高い未承認薬適応外薬の要望(厚生労働省)
アーテメター・ルメファントリン合剤の日本人における使用経験
日本医療研究開発機構 感染症実用化研究事業
我が国のマラリア 今どのようにして診断して治療するか